まほらの天秤 第21話


「ほう、これをユーフェミアが?」
「はい、お姉さま!」

私は焼きあがったクッキーを姉と兄に差し入れると、姉は嬉しそうにそれを口にした。そして美味しいと笑顔で頷いた。

「まさかユーフェミアがお菓子を焼くとは。これも枢木が関係しているのかな」

クロヴィスにからかわれ、私は思わず赤面してしまう。

「お兄様!」
「だが、それ以外考えられないだろう?」
「お姉さままで!」

楽しげに笑う二人に、私はますます頬を赤らめた。

「所で、その枢木はどうしたのかね?」

クロヴィスが一緒ではないのかね?と尋ねてきたので、思わず重い息をついてしまう。
焼きたてのクッキー。
一番に食べて欲しかったのはスザクなのだが、今日はまだ朝の挨拶すら交わしていなかった。
時計を見るとまだ朝の11時にもなっていなかった。。
少なくてもあと1時間は戻ってこないだろう。
戻る時間に合わせて作りたかったが、残念ながらその時間は台所が空いていない。

「スザクはお昼まで山に行っているのです」
「山に?ああ、そう言えばそんな事を言っていたな」

食事の席での会話を思い出したのか、コーネリアが言った。

「はい。鍛錬には丁度いいと言って」
「ほう、しかしあれ以上鍛えられては、誰も枢木に勝てなくなるのではないか?」

なあ、ギルフォード?
コーネリアは後ろに控えたギルフォードに話を振ると、以前複数人がかりでも負けてしまったギルフォードは困ったように眉を寄せることしかできない。

「あれほど強いのにまだ足りないとは、流石ナンバーズから帝国最強の騎士ナイトオブラウンズまで上り詰めた枢木卿の生まれ変わりだ。・・・と言いたいところだが、今は戦争もない平和な時代。あれほどの逸材を埋もれさせてしまうのは惜しいね」

クロヴィスが、勿体ないという様に紅茶を口にした。
世が世ならその力、存分に発揮できただろう。

「ならば、格闘技の世界大会に参加させてみるのはどうだろう」
「それはいいですね。騎士たちは皆素晴らしい能力を持っている、全員を参加させれば、上位は全て彼らの名前で占められるだろうね」

たしかに。と、兄と姉は笑いをこぼす。
スザクなら、きっと勝利を手にするだろう。その姿を見てみたいと思わず想像を膨らませていると、姉がふと思い出したようにこちらを見た。

「そう言えば、枢木はいつもどのあたりに行っているのだ?」

好奇心を見せる姉の表情から、スザクがどんな訓練をしているのか覗き見ようとしているのがわかった。きっと人に隠れて特別な訓練をしているからあれだけ強いのだ。その方法を知り、自分もまた強くなってみせると、意気込んでいるのがわかる。
もし、ギルフォードたちがスザクに匹敵するほど強くなれば、わざわざ山に入らずここで体を動かすようになるかもしれないと、私はその質問に快く答えた。

「あの茂みの辺りからいつも戻ってきます」

私がそう指さすと、兄と姉は途端に顔色を曇らせた。

「そちら側か。確か枢木が発見されたのもあちら側だったか?」

すこし険のある言い方となった姉に、私は頷いた。

「はい。もしかしたら荷物を探しているのかもしれません」

免許証などが入っているから探したいと、最初の頃は何度か耳にしたが、最近は言わなくなっていた。それらは再発行すればいいと思うのだが、聞けば既に他界した家族の遺品も入っているのだとか。
だから山へ行ったついでに探している可能性はある。

「荷物か・・・ユーフェミア。荷物の件はこちらでどうにかするから、山に入るならあちらではなく、他の方に行くよう言いなさい」
「他の、ですか?」

命令するような口調のコーネリアに、私は首を傾げる。

「忘れたのかねユーフェミア。あちらの森には、アレがいる」

クロヴィスが、険しい表情でそう言った。

「アレ、ですか?」

何の話だろう、凶暴な動物でもいるのだろうか?
私の反応に、クロヴィスとコーネリアは眉間に深い皺を刻んだ。

「世界征服などと愚かな事をしでかし、数億の民の命を奪い、ブリタニアの皇室を消し去った忌々しい悪魔の生まれ変わりがあそこにいるだろう」

忘れたのか、ユーフェミア。
その言葉に私は全身が震えた。
そうだった、あの森にはあの悪魔がいるのだった。
どうして私はその事を失念していたのだろう。

「慈愛の姫を暗殺し、その騎士の命をも奪い、その時代には数多くいた皇族を虐殺し、世界を混沌に陥れた悪魔。英雄と聖母たちの力で打倒された悪逆皇帝の生まれ変わりがあの森のなかにいる」
「・・・まだ、生きているのですか?」

声が震えるのを抑える事は出来なかった。

「ああ、残念ながらな」

ああ、なんて事だろう。
私や兄クロヴィスを殺害した悪魔。
聖なる炎を持ってしても浄化できなかった存在。
それがまだ、あそこにいるのだ。
歴史書では、スザクは悪魔と友人だったという。
きっと、悪魔の甘言に惑わされていたに違いない。
あんなに優しいスザクが、悪魔と友達になどなるはずがないから。
ああ、スザクが悪魔と出会う前にあの場所から離さなくては。
でも、既に出会っていたら?
私は全身に鳥肌が立ち、背中には冷たい汗が流れた。
スザクは私の騎士なのです。
悪魔の友ではありません。
時間はまだ11時を回ったばかり。
ああ、早く帰ってきてスザク。
その森には、世界を滅ぼす悪魔が潜んでいるのです。
私はスザクが戻るまでの間、ただ祈ることしか出来なかった。

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